未経験からIT、そして事業会社の機械学習エンジニアへ。塾講師から転身した鈴木さんのキャリア観とは?

銀行から塾講師、そしてIT業界へ入り、機械学習エンジニアへキャリアチェンジ。事業会社のエンジニアならではの考えをもつオイシックスドット大地の鈴木さんが目指すものなど聞いてきました。

鈴木 啓章

鈴木 啓章

某SIerのSEを経て現在は、オイシックスドット大地株式会社 データ分析エンジニアとして従事。

これからレバレッジを効かすならITと一念発起し、塾講師から転職

鈴木 啓章さんのインタビュー

これまでの経歴を教えていただけますか?

もともとIT系の仕事はしておらず、新卒で銀行に入社し、その後学習塾の講師を20代後半までやっていました。
その中でITの力を身につけたほうが教育事業においても、自身のキャリアにおいても幅が広がると思い、ITのSIerに転職しました。

ITの仕事として最初に携わったのは、FXの分析を行っている会社で、そこではじめて分析を経験しました。
SIerに転職してから2年間勉強をしながら経験を積み、経験がある程度できてきた30歳になるタイミングで、自分のキャリアの中で一番いかせるものは何かと考えました。

そこには、2つの選択肢があり、一つはITコンサルティングの道、もう一つはデータ分析に関わるエンジニアの道でした。
考えた末、データ分析としての道なら数学の知識など後発ながら活かせるところがあったので、データ分析に関わる仕事を本業にしたいと思いました。

進む道が固まったところで転職活動をし、機械学習を利用したレコメンド等のパーソナライズプロジェクトが立ち上がったタイミングのオイシックス(※当時)に入社しました。
私は当時実務としては未経験に等しかったのですが、未経験でも任せる社風やちょうどプロジェクトが立ち上がるところでタイミングがよく、入社してからは機械学習エンジニアとして、約2年間いろんな業務に携わり今にいたるという感じです。

学生時代は、人工知能に関わることやプログラミングなどされていましたか?

大学は商学部だったので、やっていませんでした。
しいて言えば、統計学や計量経済学の授業を受けたくらいで、専門でやっていたわけではありません。

ただ、統計や計量経済学は多少興味があり、また株や為替にも興味がありました。
自分で公開している情報からデータを取得し、当時はマクロくらいしか組めませんが、システムトレードのようなものを趣味で作っていました。
それは、今でも継続していて、どんどん高度なものになっています。実務で学んだことをそちらにもいかしていたりします。

エンジニアになろうとしたきっかけは?

学習塾で4年程働いたのですが、そこでふと思ったのは、学習塾でも楽しいけれど、やれることが限られているということでした。
これからレバレッジを効かして何か大きなことをやろうとするなら、やはりITだと思ったのがきっかけでした。

そこからは、ギークハウスというIT系シェアハウスへ転居して、とにかくIT漬けでスキルアップしようとしていました。

実務では、需要予測やマーケティングのレコメンド関連に携わる

現在はどんな仕事をされていますか?

社内SEでもあるので、人工知能とまったく関係ないこともやりますが、主には機械学習を使った分析や開発をしています。
例えば、お客様レビューを自然言語処理でネガティブポジティブに分類して利用したり、様々なマーケティングの仮説から有力な説明変数を抽出したりしています。

最近だと、需要予測と呼ばれる販売を予測するところを手掛けています。

これからはじめそうなこととしては、配送センターにおける在庫の最適化分配をどうするかということがあります。
ただ、自身の立場としては、マーケティングを中心としたレコメンド関連の仕事が多いかもしれません。

技術的には深層学習というよりは機械学習が多いですか?

ディープラーニングの領域は興味があるので、勝手にやってみるのですが、限られたデータソースの元では、機械学習とあまり精度が変わらないことが多いです。
精度が変わらないので、なるべくシンプルかつ計算リソースも少ない機械学習を選択して使っています。

最近で面白かった、やりがいを感じたプロジェクトはありますか?

需要予測は結構面白かったです。
具体的に言うと、弊社にKit Oisixという主力商品があります。
その商品は作って毎日出荷するというものなのですが、仮にお客さんが買い物を確定するタイミングから作って出荷すると商品が手元に届くまでにすごく時間がかかってしまいます。

だから、買う前のタイミングから製造数を機械学習で予測して出荷します。
この予測をすることで、大幅な時間短縮が実現し、欲しいと思ったタイミングでいち早く商品をお届けできます。
逆に一歩誤ると、大規模なロスが発生しますし、食べ物なので失敗すると捨てることになります。

デリケートな物を扱っているので、ロジックをしっかり組んでいたとしても予定外のことは起こりえます。
例えば、天候や気候の問題で常に足りなくなる商品が発生し、ある商品が売り切れになると他の商品の売れ行きに大きな影響を与えたりします。
これらは、一筋縄ではうまくいかない難しい問題なのですが、だからこそ面白いし、やっていてやりがいを感じます。

やはり、事業会社のエンジニアなので、AIはツールと言うと言い過ぎかもしれませんが、一つの技術として応用してサービスを良くするというところに重きをおいています。
サービスを良くするために、今はAIが便利なのでどんどん使っていきたいし、楽しいし、とりあえず試して、より良いサービスに研ぎ澄ましていきたいと思っています。

今後は、AIや機械学習を使ってサービスの発展に貢献していきたい

鈴木 啓章さんのインタビュー

AI活用に前向きな組織風土に聞こえますが、どう感じますか?

AIを活用してようやく成功に足を踏み入れつつあるのですが、それにいたるまでだいぶ失敗をしました。

組織としては、失敗はマイナスと捉えず、きちんとした理由があって、決断にいたったのであれば、成功の糧としてむしろ前向きに捉えてくれます。
失敗を踏まえて次はどうしようというように、建設的に受け止めてくれる風土なので、それは本当にありがたいと実感しています。

そして、組織的にノウハウを蓄積するようにしています。
具体的には、事例共有の機会を週1回設けるようにしています。
今のチームは分析を比較的多くこなしているので、こういう分析をして、こういう結果がでたというのを共有しています。

また、アンオフィシャルで私が人工知能など興味ある分野の方を社外から講師として呼び、最近やっていることなど話をしてもらう場を月1程度設けています。
社外向けにも、時々、機械学習の勉強会で講演などしています。

今後はどこを目指していきますか?

技術も楽しいのですが、事業会社にいて、サービス自体に共感しているので、自身の強みであるAIや機械学習を使ってサービスの発展に貢献していきたいと思っています。

例えるならレシピがあります。
弊社は食を提供する会社で、商品に自信をもっています。
そこで、お客さんが考えなくても済むように何を買っても楽で楽しく、おいしいものが必ず来るようにできればよいと考えています。
そのために、商品のレコメンドは一段階終わっていますが、それを組み合わせたものや、レシピの提案ができれば理想だと考えています。

そして、個人的には、ヘルスケアの部分に携わっていきたいと思っています。
日々の食生活から、人々の健康的な暮らしをつくっていきたいです。
例えば、栄養素などをデータで取得し、オイシックスや大地を守る会で買ったものを食べれば、その栄養素が可視化されて一目でわかるようになったり、こういうものを買った方にはこういう組み合わせや食べ方がおすすめですよとヘルスケアの観点でレコメンドされたりというのができれば面白いと考えています。

人工知能はツールというお話しをしましたが、興味もありますし、結果としてサービスをよくするという実利も伴っているので、これまでもこれからも積極的に学んで取り入れながら、自分の理想に近づけられたら良いですね。

技術や理論は知っていて、ビジネスの成長も一緒に考えられる人は市場価値が高い

AIの領域で市場価値が高い人材とはどんな人だと思いますか?

事業会社にいるエンジニアという観点では、AI業界というより、人工知能のスキルや知見を持った方が事業会社に来た際、どんな人なら価値が高いと思うかというと、最低限の技術や理論は知っていることはもちろん、それを手段としてやりたいことがあること。
また、サービスや事業についても考えられる人は価値が高いと思います。

まだまだ事業会社だとAI系の人材が少ない印象なので、ビジネスの成長まで一緒に考えられる人は希少価値が高いと思います。

AIのコモディティ化が進むことについてどう思われますか?

個人的には大歓迎です。
むしろ、どんどんコモディティ化して誰でも使えるようになれば良いと思っています。
もちろんその背景にある理論を知っておいたほうが良いと思うのですが、やはり使ってみてそれによって何ができるかというのを重視する発想を私は強く持っています。
AIもこれまでのクラウドのように特殊な技能ではなく、どんどんみんな使えるようになり、それによって世界が豊かになっていけば良いと思います。

AIのコモディティ化を脅威に感じないのは、それを使ってみた経験値は一朝一夕にできるものではないと思うので、そういう経験がたくさん積めるのも今の仕事の良い面だったりしますね。
技術を机上だけで習得してもやってみないとわからない部分はたくさんありますので

付加価値を高めるためには積極的に新しいものを吸収して試すことが大事

鈴木 啓章さんのインタビュー

今後付加価値を高めるために重要なことは何だと思いますか?

学ぶことだと思います。
強いられて学ぶのはしんどいし、続かないので、自ら進んでわくわくする分野をみつけて学んでいくのが重要ですかね。

自分のこれまでのキャリアを振り返ってみても、ITにわくわくし、今AIにわくわくして学びを積極的に重ねていきました。
どんどん新しいものを吸収し、試してみるというのが大事かもしれませんね。

事例やわからないことは会社としても個人としても積極的に会いに行って聞く

鈴木 啓章さんのインタビュー

普段はどのように情報収集し、勉強されているのでしょう?

私は、研究をやられているような方たちと違い、論文を追い続けることはあまりなく、誰かがビジネスで使ってみたというものを自社の業務にあてはめてみるということが多いです。
そういう情報は、例えば脳アーキテクチャ若手の会のコミュニティや、機械学習界隈の人たちとソーシャルで繋がり、Facebook上で発信された情報をみてみるなどで仕入れています。

事例やわからないことがあれば、プライベートでも人に聞きに行きますし、会社としても聞きに行きます。
機械学習を導入しようとなった際も、大学の研究室に話を聞きに行きました。
似たようなことをやっている企業さんがあればよく話を聞きに行きます。
そこでネットワークも広がっていきますし。

私が弊社に入社してから聞きに行った事例ですと、あるインターネット動画配信の会社さんがレコメンドに注力していて、そのことを聞きに会いに行きました。
そこで意気投合して勉強会を一緒にやりだし、事例を共有しあう場ができたのも、そこが出発点でした。

海外でインドにも視察に行ったこともあります。
インドで視察した会社は、弊社と似たような事業を持っていました。
具体的には、生鮮食品を配達している会社だったのですが、そこの分析がすごいと評判で、社内の機械学習エンジニアとして実際に現場を見に行くことができました。
一週間程度の滞在でしたが、機械学習をどのように活かしているのかを詳しく知ることができました。

インドの会社も事業会社だったので、洗練されたAIのシステムというよりは、Excelやスプレッドシートを工夫したツールが主体という印象がありました。
私が知る限り、AIと言いつつも、アカデミックに近い部分や大企業で95%精度がでているところを99%に精度をあげているケースを見る高度なことをやられている感じはします。

ただ、そうでない弊社を含め多くの会社が例えば今回の需要予測も最初は状態空間モデルを使おうというところからはじまったり、LSTMをやったりするものの、数千商品を毎時間のレベルでやるというところだと、結局『単回帰でよいのではないか』となりました。

単回帰で90%の精度がでたのであれば、LSTMで99%にならなくてもよいので、まだビジネスサイドではそういうことが多いですよね。

新しい手法を使うというよりは、やはり『制限があるリソースの中でいかに活用していくか』、『実利があるか』が今は大事だと思っています。
失敗する企業さんはいきなり99%の精度がでるものをいれようとして、活かしきれずに失敗していると感じます。

例えば、GANなどは研究として特にアメリカで盛んに論文発表されていますが、実務で使うとなると考えてしまいますよね。
そういった新しい手法も、やはりビジネスだと使われる領域が偏ってくる気はします。

ただ、最近で感じるのは、夢を見すぎる企業さんはだんだん減ってきているように感じます。
AIが万能で何でもできるという幻想はなくなりつつあると思いますね。

最近ではネットワーク周りも重要といわれていますが、どう思われますか?

私はインフラエンジニアではありませんが、インフラはとても苦労した経験があります。
どういう分析基盤をつくろうかというのは未だに模索しています。

データベースもどうするかということで紆余曲折して、現在はトレジャーデータを主体に使っていますが、RedShiftやBigQueryも検討しました。
『何か良いのか』というのもあり、『それを動かす基盤もどうしたらよいのか』などたくさん検討すべきことがありました。

現在は、データはトレジャーデータにいれて大きなものはそこで処理させて、ローカルへもっていき、Pythonを用いてやるという感じにしています。
また、プロダクトコードでリリースする際の方法も模索しています。
さきほどの予測システムも分析の際に用いたPythonコードを修正したものがバッチ的に流れ、でたものを既存のインターフェースに連携しています。

AIが今後どんどん発展していき、誰でもできるようになったとしても、全体感をアーキテクトできるような方は希少で、まだまだこれからだろうなと感じます。
現時点では、AIがコモディティ化したとしても、『どのデータをいれるのか?』、『どの説明変数が効くのか?』、また、ビジネス側の視点で考えると、よい精度を出すのが目的なのかというと、それは通過点です。
よい精度がでたものをどうビジネスに組み込むのかまで意識し、考え、そのためにコモディティ化したモデルを使いますというところまで答えとしてだせる人は、もう少し先までかかるのではないかと思いますね。

そういう意味では、機械学習はある程度のところまではコモディティ化するので、ビジネスに理解のある生え抜きの人材を選んで知識をつけさせたほうが早いという感じがしますね。

人工知能もいよいよアカデミックな世界から実ビジネスにどんどん落ちてくる

最近注目している手法はありあすか?

去年統計モデルを少し学んだのですが、ベイズには興味があります。
深層学習に応用して、パラメーターでない形で、それを重みに適用するというのは興味ありますね。

それと、個人的に便利だと思うのは、パーシャルディペンデンスプロットによる感度分析です。
弊社で、例えば優良顧客を非説明変数において学習させるのですが、『何が効いたのか』というのを出したい時に、固定して一変数だけ動かしたら、目的変数がどう変わるのかを可視化してくれるライブラリーです。
scikit-learnに入っていると思いますが、それが実務で役立っています。

例えば、ランダムフォレストでインポータンスをだしても、インポータンスが高かったとして、それが『プラスに効いているか』それとも『マイナスに効いているのか』をその都度だすのが面倒くさいというのがありました。
そこで、パーシャルディペンデンスプロットをすると、その変数を高くした場合、目的変数がどうなるかを二次元のグラフにしてくれるので、結構助かっています。
特にビジネスの現場にいると、人に説明する機会が多いので、重宝します。

人工知能の未来はどうなっていくと思いますか?

本当に便利な技術なので、それが当たり前になっていくと思っています。
考えなくてもよいような形で、マーケティングもお客さんが買う際、最適なものがそろっている状態になっていくと考えています。

人工知能もいよいよアカデミックな世界から実ビジネスにどんどん落ちてきて、さらにビジネスでコモディティ化されたところを利用して使うような人がどんどんでてきているタイミングなので、ますますビジネスでの発展が期待できると思いますね。